Go Global Hosei 2017
22/24

21グローバル化の歩み法政大学は、これまで130年を超える歴史において、自由の尊重、進取の気象という伝統を育み、「自由と進歩」という校風を形成してきました。その精神を受け継ぎながら、学生交流や学術交流に積極的に取り組み、グローバル化を推進してきました。法政大学は、これからも新たな改革に挑み、地球社会のさまざまな課題解決に寄与する大学を実現していきます。ボアソナード博士梅謙次郎博士ESOP(交換留学生受入れプログラム)1880年代ボアソナード博士の法学校政府の法律顧問としてフランスより来日したボアソナード博士は1883年、のちの法政大学となる東京法学校の教頭に就任。以後10年間、無報酬で門弟の教育に情熱を注ぎ、本学の基礎固めに重要な役割を果たしました。1931年「青年日本号」の 訪欧飛行1931年5月29日、東京飛行場(現・羽田空港)からイタリア・ローマを目指して飛び立った複葉プロペラ機「青年日本号」。連盟の代表校として法政大学航空研究会から操縦士を出すこととなり、本学校歌の一節「青年日本の代表者」から命名されました。初の学生による訪欧飛行とあって話題を呼び、世紀の快挙と称賛される大飛行を成し遂げました。1975年法政大学ロンドン分室を設置イギリスにおける本学の教育研究拠点を整備。2007年9月には法政大学ヨーロッパ研究センターとして改組。1979年奨学金留学制度の開始法政大学創立100周年を記念して、財界、学生保護者、校友、教職員などによる寄付金の一部から「法政大学国際交流基金」を創設。本学の学生を海外へ送り出す奨学金留学制度(現・派遣留学制度)が発足しました。これは当時、他大学に類を見ない本学独自の制度で、海外の大学・研究機関との協定締結、本学学生の海外派遣、海外大学からの交換留学生受け入れなどに早くから取り組んでいました。1999年国際文化学部の設置とスタディ・アブロード・プログラムの開始市ケ谷キャンパスに国際文化学部を開設。国際社会人の育成を目指し、学部生全員が2年次に世界の7言語圏に広がる協定大学のいずれかに留学する必修留学制度スタディ・アブロード(SA)・プログラムを導入。2000年法政大学アメリカ研究所の開所カリフォルニア州にアメリカにおける海外研究拠点を整備。2007年法政大学ヨーロッパ研究センター(チューリッヒ)の開所チューリッヒにヨーロッパにおける海外研究拠点を拡充。2008年グローバル教養学部の設置と全科目英語化の実施市ケ谷キャンパスにGIS(グローバル教養学部)を開設。学問領域の枠組みにとらわれず、高い英語運用能力を身に付けた人材の育成を目指し、原則として全ての授業を英語で行うカリキュラムを実施。1997年交換留学生受入れプログラムの開設これまで交流を深めてきた海外の協定大学から広く交換留学生を受け入れるため、英語を教育言語としたESOP(交換留学生受入れプログラム)を開設。ここでは日本語習得以外の全ての授業が英語で行われ、日本文学、社会、政治、経済などのテーマを中心に、米国や英国のようにゼミ形式中心の授業を行っています。英語による授業は、交換留学生だけではなく本学学生も受講でき、日本人学生が海外に留学する準備の役割も果たしています。1977年国際交流センターの新設国際交流に関する調査や資料の収集、交換、受け入れ外国人研究者への協力、外国人留学生に対する学習上・生活上の援助などの業務を全面的に担当する専門部局として、国際交流センターを設置しました。1903年梅謙次郎博士の初代総理就任専門学校令により学校名が法政大学となり、梅謙次郎博士が初代総理(現在の総長)に就任。博士は、中国人留学生を対象とした「法政速成科」や英・独・仏の語学教育のための「語学科」を開設するなど、世界的視野で多角的な教育改革を推進しました。この“開かれた教育”の精神は、今日の本学に受け継がれています。1904年清国留学生法政速成科清国留学生法政速成科を開設。法政大学および法政速成科には、辛亥革命の指導者や中華民国の中心的存在となった人々が、留学生として多く在学していました。History 1880〜1900〜2000〜

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer10.2以上が必要です